汎用ムーブメントモディファイ事典 Part.1

時計特集

オリジナリティとコストパフォーマンス両立の秘訣を探る

そもそも、コストダウンとそれによる普及を目的に合理的な設計を追求して、開発された汎用ムーブメント。その汎用ムーブメントをキャンバスに、1980年代後半以降、多くのサプライヤーやメーカー、そして、独立時計師が競い合うように知恵を絞り、さまざまなモディファイを加えてきた。その結果、汎用ムーブメントとは思えない個性を手に入れるに至った。その英知の結晶ともいうべきモィファイのノウハウを検証する。

古浦敏行、奥山栄一:写真 Photographs by Toshiyuki Koura , Eiichi Okuyama
広田雅将、鈴木幸也(本誌):文 Text by Masayuki Hirota , Yukiya Suzuki
[クロノス日本版 2010年7月号初出 内容は掲載当時のものになります。]

「モディファイ」という名の進化を続ける古典機ETA7750

40年近くにわたって、自動巻きクロノグラフの標準機として君臨するETA7750。当初の7750とは、自動巻きクロノグラフを普及させるための安価なムーブメントでしかなかった。しかし、その大きなサイズは、このムーブメントに進化の可能性を与えることとなった。

Cal.L688.2 / ETA Cal.A08.231

ロンジン コラムホイール

ロンジン ロンジン コラムホイール クロノ SS クラシック
2010年の新作。ムーブメントには古典的な意匠に相応しい、コラムホイール式のA08.231を搭載する。このクロノグラフムーブメントは、ロンジンのエクスクルーシブキャリバー。自動巻き。SS(直径39mm)。30m防水。35万7000円。問スウォッチ グループ ジャパン ロンジン事業部☎03-6254-7351
ETA7750

2009年初出。ETA7750をベースにした事実上の新造ムーブメント。改修に携わったのはスウォッチ グループ傘下のフレデリック・ピゲ。コラムホイールの採用に象徴される制御方式の変更に留まらず、信頼性を高めるためのモディファイに特徴がある。地板と受け、ブレーキレバーや30分積算計車、各種スプリングなどが全面的に変更されている。自動巻き。直径30mm、厚さ7.90mm。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。


Cal.E/J8150

エベラール エクストラフォルト・グランデイト・コラムホイール
一貫してラ・ジュウ・ペレのムーブメントを好んできたのが、グラハムとエベラールである。これはビッグデイト+コラムホイール付きのCal.E/J 8150(=LJP8150)を搭載したモデル。2004年の発売当初は、かなり大きな話題を呼んだ。自動巻き。SS(直径40mm)。3気圧防水。73万5000円。問ダイヤモンド☎03-3831-0469

ラ・ジュウ・ペレによる7750モディファイの傑作。30分積算計を3時位置に移植したLJP8144をコラムホイールに変更したムーブメント。しかし、7750の基本コンポーネンツを生かしているため、ムーブメントの部品変更は、わずか17点に留まる。極めてクレバーな設計だ。初出は2004年。自動巻き。直径30mm、厚さ8.40mm。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。

 1973年に発表されたETA7750は自動巻きクロノグラフのスタンダードとして、多くのメーカーに採用されてきた。設計者であるエドモンド・カプト氏の意図は明快だった。できるだけムーブメントを大きく作ることだ。結果、ローターは拡大し、簡潔な片方向巻き上げ機構にもかかわらず、巻き上げ効率の低下を防げた。また、サイズの拡大により、各部品を直線状に成形できるようになった。そのためプレス部品が採用可能となり、製造コストはかなり抑えられた。

 しかし、直径30㎜という大きなサイズを持つ7750は、各メーカーにとって、絶好のモディファイ素材に映った。80年代後半以降、各メーカーは7750ベースの傑作を次々と発表、その頂点と言えるのが、ラ・ジュウ・ペレによるLJP8150だろう。これはETA7750の作動カムをコラムホイールに置き換えたものである。意匠は大きく変わったが、既存の部品を生かすというアプローチにより、部品の変更はわずか17点に抑えられた。
 カムをコラムホイールに替えたというモディファイは同じだが、昨年発表のETAA08・231はいっそう興味深い。例えばLJP8150は地板や受けを7750と共用している。だが、A08・231では地板や受けも新造された。ETAとフレデリック・ピゲは7750というクロノグラフの輪列と文字盤側の機構、そして自動巻き以外をほぼ一新してしまった。

 ETA7750を特徴付ける大きなスペース。確かにそれは、クロノグラフを安価に作るためのものでしかなかった。しかし、7750の「大きなキャンバス」は、今やこのムーブメントに類を見ない可能性を与えたのである。


Cal.LJP8952

Cal.LJP8952
Cal.LJP8952
ラ・ジュウ・ペレが、ETA7750にフドロワイヤントとラトラパンテを追加したCal.LJP8952。いずれの機構も文字盤側に組み込まれているのが特徴。毎秒8振動のテンプによって、毎秒8枚の歯が進むガンギ車。そのガンギ車と同軸の星車用脱進車が、フドロワイヤント脱進用星車を毎秒8目盛り進め、1/8秒を刻むフドロワイヤントを制御。


Cal.LJP8952-2のフドロワイヤント(1/8秒計)機構。文字盤側にフドロワイヤント専用の香箱から、フドロワイヤント針と同軸のフドロワイヤント脱進用星車までの輪列が配される。フドロワイヤントを駆動する動力はこの専用香箱の輪列から得て、調速は裏蓋側のガンギ車と同軸の星車用脱進車が星車を脱進することで調速する。また、フドロワイヤント用香箱は、裏蓋側の通常輪列の香箱を巻き上げる際に、香箱真と同軸のフドロワイヤント用角穴車が、同時に巻き上げる。

ラトラパンテ機構。クロノグラフ作動中にラトラパンテボタン①を押すと、ラトラパンテ用コラムホイール②が回転し、ラトラパンテホイール停止レバー③がラトラパンテホイール④を停止させる。④と同軸のラトラパンテ針は停止し、クロノグラフ秒針⑤のみが動き続ける。もう一度、①を押すと、③が持ち上げられ、④が解除される。すると、ラトラパンテリセットレバーが押さえバネに押され、ラトラパンテ用ハートカムを⑤の針位置まで戻し、リセットさせる。


 ETA7750のモディファイを得意とするラ・ジュウ・ペレ。その中でも、独創性と複雑さで際立つのが、フドロワイヤント(8分の1秒計)付きラトラパンテ(スプリットセコンドクロノグラフ)、LJP8952である。

 フドロワイヤントは、かつて独立時計師のフランソワ-ポール・ジュルヌ氏が手掛けたものだ。この機構のユニークな点は、フドロワイヤント専用の香箱を文字盤側に備え、動力は専用香箱から取り、調速は裏蓋側に配された通常輪列のガンギ車と同軸に置かれたフドロワイヤント用の脱進車によって行うという、フドロワイヤントの動力系統と調速系統を分岐している点にある。

 実は、ジュルヌ氏は、7750のモディファイで用いたこのアイデアをさらに洗練させて、後年、自身のクロノグラフ「サンティグラフ・スヴラン」に応用している。サンティグラフの場合は100分の1秒計の動力系統と調速系統を分岐したものだが、7750モディファイと異なるのは、ふたつの香箱ではなく、巨大なひとつの香箱の上下(香箱車と香箱真)から動力系統と調速系統を分岐した点である。また、ジャガー・ルクルトの「デュオメトル・クロノグラフ」のフドロワイヤントも非常によく似た2系統の機構を採用している。

 モディファイのキャンバスとしてさまざまなアイデアが投入され、試されてきた7750。それは、40年近くにわたるクロノグラフの標準機という実績に加え、その扱いやすさが大きな要因であろう。だからこそ、腕に覚えのある時計師や新進気鋭のモディファイメーカーの登竜門的な存在として、いつしか英知が蓄積され、後に、高級機へフィードバックされるほどの進化を遂げられたのだろう。


ウブロ キング・パワー
Cal.HUB4144
ウブロ キング・パワー フドロワイアント ジルコニウム
ウブロが採用するCal.LJP8952ベースのCal.HUB4144は9時位置にフドロワイヤントを搭載した2カウンターのスプリットセコンドクロノグラフ。自動巻き。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。サテン仕上げのジルコニウム(直径48mm)。10気圧防水。世界限定500 本。211万500円。問ウブロジャパン☎03-3434-3002

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