腕時計ケースサイズ考現学 (前編)

時計特集

40m/mを睨むサイズ感の新機軸

2010年のトレンドのひとつが、「薄型化」「小型化」である。確かに、S.I.H.H.でもバーゼルワールドでも、注目を集めていたのは、過剰なサイズの新作ではなく、シンプルで小さなモデルであった。機構ではなく、素材でもなく、ケースサイズが脚光を浴びた2010年。であればこそ、今一度、ケースサイズはどのように変化し、また、どのようなメリットとデメリットを腕時計にもたらしてきたのかを改めて考えてみるべきだろう。本特集は、そのささやかな論考である。

古浦敏行:写真 Photographs by Toshiyuki Koura
広田雅将:取材・文 Text by Masayuki Hirota
(社)人間生活工学研究センター:取材協力 Special thanks to Research Institute of Human Engineering for Quality Life
原田将充(ジャズモデルエージェンシー):パーツモデル Modeled by Masamitsu Harada (JAZZ MODEL AGENCY)
この記事は 2010年8月発売の9月号に掲載されたものです。

モデルが装着した「ザ・シチズン オートマティック」。モデルの手首サイズは約160mm。企画担当者の前原浩文氏が述べたように、直径37mmのケースは日本人にジャストサイズであることがよく分かる。


人間工学から見る手首のサイズ研究

日本人を含むアジア人は、小さい時計を好む傾向があり、一方、欧米人は、大きな時計を好む。これが、時計業界で長年言われてきたことである。国ごとに異なるサイズの嗜好。それを裏付けるのが、手首のサイズの違いである。


 オーデマ ピゲ博物館館長のマーティン・K・ウェルリ氏と話したときのことだ。やがて話は、1972年の初代ロイヤル オークに及んだ。「サイズが大きかった(直径39㎜)ため、さっぱり売れなかった」。しかし、と彼は続けた。「ドイツでは大変よく売れたよ」。似た話をドイツ在住のコレクターに聞いたことがある。時計は、ロイヤル オークではなく、初代のポルトギーゼである。この時計、サイズの大きさが忌避されたためか(直径42㎜)、延べ700本も売れなかった。だが、ドイツ人は気に入ったらしい。80年代には、ドイツ向けの限定版が作られた。「ドイツ人はビッグウォッチにアレルギーがなかった」とは彼の言である。

 先日会った海外のジャーナリストも、筆者にこう語った。「ドイツ人はもっと時計を大きくしろと言う。でも、あなた方日本人は小さくしろと言うね」。確かに、ドイツ人は大きな時計を好み、日本人は小さな時計を好んできたようだ。その違いは、何に由来するのだろうか?

 日本人の体のデータを計測しているのが、人間生活工学研究センターである。同センターは、90年代以降、日本人の「体」に関するさまざまなデータを収集してきた。もちろんその中には、手首周りに関するデータもある。具体的に引用したい。「日本人の人体寸法データブック2004-2006」によると、日本人男性の手首周りの平均値は、20代が166.9㎜、70代では174.7mm。対して、外国人はどうか。「The Handbook of Adult Anthropometric and Strength Measurements(1998)」によると、成人男性の平均値は、中国人が160.0㎜、ドイツ人は176㎜、イギリス人は184.5㎜、アメリカ人は189.2㎜とある。計測年や計測方法が異なるため、一概に比較はできないが、欧米人とアジア人男性の手首周りは、約2㎝から3㎝違うとは言えそうだ。確かに、これだけ違えば、求める時計のサイズは自ずと変わってくるはずである。もちろん、異論はあろう。ウブロCEOのジャン・クロード・ビバー氏は次のように語った。「高価格帯の時計では、国に関係なく同じグローバルな嗜好を持っています。しかし、低価格帯の商品では、国によってのトレンドや好みがより強く感じられます」。確かに、時計のサイズに対する要求は、ミドルレンジ以下で顕著だろう。

1998

「The Handbook of Adult Anthropometric and Strength Measurements(1998)」のデータは「手掌面で、手に最も近い屈曲線の位置での周長」、つまり、手のひらにもっとも近い手首に生じるシワの周囲の長さを計測。
2004-06

「日本人の人体寸法データブック2004-2006」のデータは、手首の親指側の橈骨茎状突起と小指側の尺骨茎状突起を通る茎状突起を含む手首の周囲を計測。上の計測値に比べ、こちらのほうが腕時計を装着する手首のサイズにより近いと言えるだろう。


 国による要求サイズの違い。市場を日本に限ることで、ジャストサイズを実現したのが、「ザ・シチズン オートマティック」である。企画を担当した前原浩文氏は次のように説明する。「第一条件に挙げたのがケースサイズです。直径40㎜や42㎜で作りたくなりますが、37㎜にとどめました」。現在のドレスウォッチは、直径39㎜から40㎜が標準サイズである。しかし、シチズンは直径37㎜という、日本人の手首に適切なサイズにこだわったのだ。

 サイズが小さくなると(正確には手首に対して適切なサイズだと)、装着感は大きく改善される。その一方で、視認性は悪くなる。シチズンは優れた解決策をとった。ひとつが、風防に施された両面無反射コーティングである。これにより、対象に対する視野角が大きい場合でも(時計を斜めから見た際でも)、優れた視認性を得られる。また、ケースの開口部を大きく取ることで、文字盤のサイズを拡大させ、視認性を改善した。加えて興味深いのが、分と秒針の先端を曲げたことだ。これは美観を高めるための手法だが、そもそもはインデックスとの距離を近付けることで視認性を改善するための方法論である。こうしたアプローチにより、ザ・シチズン オートマティックは、そのサイズを感じさせない視認性を得ることに成功した。また、この時計はブレスレットのバックルも比較的短めだ。最近のメーカーが、可能な限り伸ばすのとは対照的である。これもまた、日本人の細い手首を考慮したものと言えそうだ。

シチズン ザ・シチズン オートマティック

シチズン ザ・シチズン オートマティック

約30年ぶりに自社開発された機械式ムーブメントが話題だが、注目すべきはそのサイズにある。優れた装着感を実現。自動巻き(Cal.0910)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。デュラテクト加工が施されたSSケース(直径37mm、厚さ11.3mm)とブレスレット。10気圧防水。Ref.CTY57-1272。29万4000円。

 しかし、手首のサイズとケースサイズの関係を、各社ともまだ明確には理解していないようだ。海外のメーカーは、一部の大メーカーを除いて、手首サイズのデータすら把握していないし、シチズンやセイコーのような国産メーカーも、手首のサイズこそプロダクトに反映しているが、手首を立体的に解析するような試みは、まだ緒に就いたばかりだ。人間工学の観点から見れば、腕時計はまだ発展途上であり、改善の余地があると言えるだろう。

【上】厚さ11.3mmのスリムなケース。ラグの曲げを大きくしない、作りやすい形状ではあるが、フラットな裏蓋と併せて、装着感は秀逸である。【下】内側を湾曲させたブレスレットのコマ。手首への接触面積を極大化させることで、装着感をいっそう改善している。一見、シンプルだが、非常にコストの掛かったブレスレットである。

【上】視認性を改善する要素。大きな文字盤と先端を大きく曲げた分針、そして、風防に施された両面無反射コーティングが、この小振りな時計に優れた視認性を与えた。【下】複雑な面構成を持つベゼルやブレスレットが、厚さ11.3mmの薄型ケースに優れた立体感をもたらしている。サテンとポリッシュのコンビネーションによる仕上げも秀逸だ。

Contact info: シチズンお客様時計相談室 TEL:0120-78-4807

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