クロノメーターの潮流(前編)

時計特集

秀作機の完成度を徹底検証

ISO3159に定められる機械式腕時計の精度基準「クロノメーター」。一定範囲に収まる精度を相対的に保証しているに過ぎないが、その名は高精度の称号と同義ともなっている。クロノメーター検定の代表格「C.O.S.C.」を取り巻く思惑と、台頭を始める新しい精度基準。そこに新たな付加価値を見出すことは、果たして可能なのか?

吉江正倫、奥山栄一、矢嶋修、岸田克法:写真 Photographs by Masanori Yoshie, Eiichi Okuyama, Osamu Yajima, Katsunori Kishida
鈴木裕之(本誌):取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki (Chronos-Japan)
この記事は 2013年6月発売の7月号に掲載されたものです。


絶対基準〝C.O.S.C.〟をめぐる思惑と開発

1975年に制定された、機械式腕時計の精度を規定する国際標準規格「ISO3159」。そのベースとなったのが、スイスクロノメーター検定協会「C.O.S.C.」の基準である。手許にある最新データによると、その年間認定数は、実に160万個を突破。しかし仔細に内容を検証すれば、その数字の裏側に隠された各社の思惑が透けてくる。

原子時計

C.O.S.C.での評価基準には、秒針位置を記録した「日差」(24時間における実際の時計の進み遅れ)が用いられる。2点の計測基準点を結んだ仮想線と秒針の角度を撮影し、24時間後の再計測時に、前日との秒針位置の差を測定する。テスターを原子時計と連動させているのは、計測時刻のズレを、正確な24時間分の誤差に再計算するため。

 高精度を象徴的に表現する「クロノメーター」。この言葉の意味するところが絶対的な高精度を指すのではなく、その時計(あるいはムーブメント)の精度が、ある一定の範囲内に収まっていることを保証する「相対的評価基準」であることは重要である。クロノメーターという言葉は、1714年にイギリス人時計師のジェレミー・サッカーが初めて用いたと言われているが、その重要度が増してくるのは、1748年にフランスのピエール・ルロワがデテント脱進機を発明して以降のことである。ルロワは同時に温度補正機能付きの切りテンワも開発し、船舶運航用のマリンクロノメーターが〝量産可能〞になった。工業的規模で作られるようになったマリンクロノメーターの品質を、ある一定の範囲に収めることが、1776年に初めて実施された「クロノメーター検定」の主目的だったのである。

 スイスの場合も同様であった。19世紀の中頃まで、中級エボーシュの輸出で外貨を獲得してきたスイスは、いちはやく工業化に成功したアメリカの大量生産エボーシュに圧倒されるようになる。1876年のフィラデルフィア万博を通じて、工作機械の自動化と部品の互換性向上など、すなわち量産化の手法を学んだスイスは19世紀末に大きく躍進を遂げる。ヌーシャテルで始まったとされるスイスのクロノメーター検定が盛んになってゆく過程が、量産化の成功と歩みを同じくしているのは決して偶然ではない。後にスイスは各地の天文台で精度競争を始めるが、それにエントリーされた多くが、製品化前の基礎キャリバーの性能確認を主目的としたこともあって、時計の生産量が飛躍的に増加する1940年代中頃には、市販品を対象とした新しい検定基準が強く求められるようになる。これがドイツ、フランス、スイスのコミッションからなるB.O.(スイスクロノメーター検定局/1951年設立)であり、後のC.O.S.C.(スイスクロノメーター検定協会/71年設立)へと受け継がれてゆく。C.O.S.C.の基準は、ほどなくしてISO(国際標準化機構)が定める機械式腕時計の精度基準(76年2月1日制定)にも反映され、現在に至っている。

各メーカーがC.O.S.C.にムーブメントを持ち込む際は、仮ダイアルと仮秒針、巻き芯をセットし、専用のケースに収めなくてはならない。自動巻きの場合はローターも取り外す。手巻き、自動巻きに係わらず、巻き芯を使って規定の回数を巻き上げ、24時間の保管状態に移される。クロノメーター検定を通らない個体のほとんどは、調速自体ではなく、巻き上げ不良が原因である場合が多い。

 本題に入る前に、ISO3159の定める内容をもういちど振り返っておこう。12時上の縦姿勢(12H)を除いた5ポジションで、3温度(38℃、23℃、8℃)、15日間の計測を行い、カテゴリー1(地板の直径20㎜、または面積314㎟以上の機械式)では以下の基準項目を満たしたものがクロノメーターとして認定される。基準値はそれぞれ、平均日差マイナス4.0〜プラス6.0秒/日、平均日較差2.0秒/日以内、最大日較差5・0秒/日以内、水平垂直差マイナス6・0〜プラス8・0秒/日、最大姿勢偏差10秒/日以下、温度係数マイナス0.6〜プラス0.6秒/日/℃、復元差マイナス5.0〜プラス5.0秒/日。したがって、この範囲内にムーブメント単体の精度が収まっていれば「C.O.S.C.認定クロノメーター」を正式に名乗れるわけだが、この基準値を厳格と見るか、標準的と見るかは、各社によって思惑が異なってくるポイントだろう。

 下記に掲載したリストは、本誌創刊時から現時点までに公表された、C.O.S.C.によるクロノメーター認定数の変化である(C.O.S.C.の年次報告書が公表されるのは例年8〜9月頃なので、2012年度のデータはまだ手許にない。また、リストの認定総数はクォーツまで含む全数だが、クォーツのみを取得したメーカーは個別に集計していない。年度によってやや異なるが、年間取得数が100個に満たないメーカーもリストには反映しなかった。このためメーカー別取得数の合計と認定総数には差があることをお断りしておく)。

 年間取得数が10万個を超えるロレックス、オメガ、ブライトリングのデータを見ると、その変化は経済動向とほぼリンクしていることが分かる。2004年から08年までは緩やかな増加傾向を示し、09年には一気に取得数が落ち込む。その後は、回復の程度に差はあっても、一様に上昇傾向に転じている。これらトップ3の〝クロノメーター〞に対する姿勢は一貫しており、年産数に対するクロノメーターの比率も一定に保たれている。今回は直接比較をしていないが、これに年産数のデータを重ねて見れば、グラフは同様の形状となって現れるはずだ。また、取得数こそトップ3には及ばないものの、パネライも同様の変化を示している。これら4社にとってのクロノメーターは、あくまで〝標準装備〞であり、決して特別なものとしては捉えていない。

メーカー別 C.O.S.C.取得数の推移 [2004~2011]

メーカー別C.O.S.C.の取得推移

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