ブレゲ トゥールビヨン傑作選 (前編)

時計特集

ブレゲは毎年6月26日を「トゥールビヨン・デイ」と称して、記念イベントを世界各地で開催している。この日が特別なのは、創業者の時計師アブラアン-ルイ・ブレゲがフランス革命時代の共和暦第9年メシドール7日、すなわち1801年6月26日にトゥールビヨンの特許を取得した日にあたるからだ。2世紀以上を経た今もトゥールビヨンはブレゲの代名詞であり、ブランドの中核をなす最高峰の複雑機構にほかならない。その偉大な伝統を継承しながら、革新的技術を投入して進化を続ける現代ブレゲによるトゥールビヨンの傑作を紹介する。

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
菅原 茂:文 Text by Shigeru Sugawara

現代に受け継がれる不滅の原理と機構

 ブレゲ=トゥールビヨンというくらい、発明者とその複雑機構は分かちがたく結び付いている。そして、時代やウォッチメーカーを問わず、これまで世界で作られたあらゆるトゥールビヨンの原点をたどれば、必ずアブラアン-ルイ・ブレゲへと行き着く。

 アブラアン-ルイ・ブレゲが発明した「トゥールビヨン・レギュレーター」がフランスで特許登録されたのは1801年のこと。そのアイデアが生まれたのはそれより古く、フランス革命の争乱を逃れてスイスに避難していた1795年の頃だ。実際には研究開発に1795年からおよそ10年が費やされ、実製品として販売されたトゥールビヨンウォッチの数は、彼の存命中に35個しかなかったという。製作が極めて難しい特殊な複雑機構ということもあり、長らく過去の歴史に埋もれていたトゥールビヨンに再び光が当てられるのは1980年代の後半だ。機械式時計の復活に際し、腕時計に搭載する最高峰の複雑機構として、トゥールビヨンが表舞台に返り咲いたのである。プレミアムな時計ブランドとして再生したブレゲにとっても、トゥールビヨンを搭載するハイエンドの腕時計は、由緒正しき原点を語るフラッグシップになった。

アブラアン-ルイ・ブレゲ

創業者アブラアン-ルイ・ブレゲ(1747-1823)。スイスに生まれ、フランスで時計師の修業に励む。1775年にパリのシテ島に工房を設立して独創的な時計作りを始め、ヨーロッパ中にブレゲの名声を轟かせる。自動巻き(ペルペチュエル)、リピーター用ゴング、永久カレンダー連動均時差表示、トゥールビヨン機構などの発明や、独自の美意識を反映した意匠で時計を画期的に進化させた。

 トゥールビヨンはもともと立姿勢で携帯されることが多い懐中時計に生じる、重心のずれによる偏差の解消を目的にしたものだ。現在、一般的にはムーブメントの調速を司るテンプにかかる重力の影響を相殺して、安定した精度を実現する複雑機構と説明されることが多い。アブラアン-ルイ・ブレゲが考えたソリューションは、ヒゲゼンマイ付きのテンプと脱進機一式をキャリッジに格納して一定の速度で回転させるというもの。それは巧妙な逆転の発想だ。例えば、静止した時計の中で調速脱進機自体が刻々と姿勢を変えていると考えれば分かりやすい。ブレゲが考案したこの仕組みは、今もあらゆるトゥールビヨンの基本原理である。ちなみに、発明者自身が命名した「トゥールビヨン」という言葉は、フランス語で「渦巻き」や「旋風」を意味する。キャリッジの中で回転する脱進機を、ひとつの中心軸で回る天体系のイメージに重ね合わせ、哲学者デカルトが立てた惑星の回転運動に関する仮説、すなわち渦理論(トゥールビヨン)をこの時計機構の比喩に用いたものと思われる。

トゥールビヨンの特許

アブラアン-ルイ・ブレゲの考案したトゥールビヨンの特許申請を認可する正式文書。共和暦第9年メシドール7日、内務大臣ジャン-アントワーヌ・シャプタルが署名。
トゥールビヨンの機構図

特許申請に添えられた水彩によるトゥールビヨンの機構図。カンチレバー型の上部ブリッジに支えられたキャリッジ(B)に付属するカナ(F)と3番車(A)が噛み合ってキャリッジが回転。脱進機のガンギ車(P)はキャリッジ下の固定4番車(C)に噛み合いながらその周囲を回る仕組み。基本原理は今も同じ。

 現行のトゥールビヨンには、ベースムーブメントが手巻きのものと自動巻きのものがある。手巻きの場合は伝統的な設計で、チラネジ付きテンプは、振動数が毎時1万8000振動のロービートで、核心部にハイテク素材も使われていない。これと好対照を成すのが最新鋭の自動巻きだ。2013年以降に登場した厚さ3㎜の極薄型キャリバー581系は、ペリフェラルローター式の自動巻きで、トゥールビヨン機構には慣性補正スクリューを配したフリースプラングのチタン製テンワと同じくチタン製のキャリッジを用い、そこにシリコン製脱進機とブレゲ式ヒゲゼンマイを備える。その全重量も0.29g以下の超軽量だ。毎時2万8800振動のハイビートで、新開発のハイエナジー香箱と相まって約80時間ものパワーリザーブを実現する。ブレゲ史上初づくしの画期的な新世代トゥールビヨンムーブメントが今、傑作の系譜を充実させるパワフルなエンジンになっている。

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