ゼニス「エル・プリメロ」/時計にまつわるお名前事典

時計特集

 では、その理由はというと、まず「キャリバー3019PHC」ではなく「エル・プリメロ」を呼び名にしたことだ。名作ムーブメントと呼ばれるものは、オーデマ ピゲ「2121」、パテック フィリップ「27-460」、ショパール「L.U.C 1.96」、ジラール・ペルゴ「GP 3080」、ピアジェ「900P」、ETA「7750」などなど数多いが、そのほとんどは数字やアルファベットの番号と記号の並びである。番号は覚えにくい。こんなことを言うのもなんだが、筆者はブレゲやパテック フィリップのモデル名を覚えるのが苦手だ。番号は名前ではないからである。

 そして何といっても時計の名前を「エル・プリメロ クロノグラフ」としたのが素晴らしい。これがたとえば「スピードマスター エル・プリメロ」だとか「コスモグラフ エル・プリメロ」だとかであったら違っただろう。「キャリバー11」にも「クロノマチック」という愛称があり、ブライトリングは「ナビタイマー クロノマチック」を発売したが、「クロノマチック」の名は浸透しなかった。「ナビタイマー」の派生モデルとしてしか認識されなかったからだ。しかし「エル・プリメロ」にはほかにモデル名がない。だからムーブメントに関心のない普通の人にも「エル・プリメロ」という名前が広く普及したのだ。

 さて、そんな「エル・プリメロ」には、その誕生の瞬間から悲劇が待ち構えていたのは、よくご存じのことだろう。そしてその後に起きたことも。

 1969年は時計界にとって本当に特別な年で、世界初のクォーツ腕時計の量産が実現。いわゆる“クォーツショック”の始まりで、以降、スイス時計界が急速に衰退。ゼニスもアメリカ企業に売却され、すべての機械式ムーブメントが生産停止となり、「エル・プリメロ」に関する資料や工具などのいっさいも廃棄を命じられる。ところが、熟練時計師のシャルル・ベルモがただひとり、機械式時計には必ず未来があると信じ、工房の屋根裏に密かに設計図や金型、パーツなどを隠した。果たして1980年代に機械式時計が復権。ゼニスは当時の設計図や金型を使用することで「エル・プリメロ」を復活させることができたのだ。

 という、そんな小説のような出来事もまた「エル・プリメロ」を有名にした大きな要因である。そう思うと、“クォーツショック”さえ「エル・プリメロ」のために用意されたことのように思えてくる。

「ゼニス」=「ZENITH」はスペイン語で「天頂」。「エル・プリメロ」=「El Primero」は「No.1」の意味。

 なるほど「エル・プリメロ」は全時計史においても稀な運命を持って生まれてきた、時計界の頂上で輝く傑作クロノグラフムーブメントと言える。そして何よりも素晴らしいのは、「エル・プリメロ」がいまなおつくられ続けていて、実際に手に入れて愉しむことができることなのだ。

エル・プリメロ A384 リバイバル
エル・プリメロ A384 リバイバル
エル・プリメロ A384 リバイバル
エル・プリメロ誕生50周年を迎えた2019年に復刻されたモデル。1969年に発表された初期モデルのうち、クッションケースを採用した「A384」をオリジナルと同サイズでレギュラーモデル化。自動巻き(エル・プリメロCal.400)。31石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径37mm、厚さ12.6mm)。82万円。

Contact info: ゼニス ブティック銀座 Tel.03-3575-5861

福田 豊/ふくだ・ゆたか
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。


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