セイコーの歴史をポイントとなるマイルストーンから見る(前編)

時計特集

低価格帯のクォーツ時計、もしくは日本製ハイエンドウォッチであるグランドセイコーを手掛けるメーカーとして認識されることの多いセイコー。しかし、その時計作りの歴史が19世紀にまで遡り、世界初となる試みをいくつも実現させていることを知る人は多くない。ここでは、そのハイライトを紹介する。

Originally published on watchtime.com
Text by Mark Bernardo
Edit by Tsuyoshi Hasegawa

1、タイムキーパー (1895年)

タイムキーパー

精工舎が1895年に手掛けた懐中時計「タイムキーパー」。

 セイコーの創業者、服部金太郎はわずか21歳にして服部時計店を京橋に開き、懐中時計や掛け時計などの製造と修理を始めた。1892年には職人の吉川鶴彦を迎え、精工舎の工場を弱冠わずか31歳にて設立。これが現セイコーの前身である。数年にわたり高品質の柱時計を生産した後に、1895年にはその名もシンプルな「タイムキーパー」と呼ばれる懐中時計を発表する。直径54.9㎜のシルバー製ケースは日本製だったが、22リーニュのムーブメントはスイスからの輸入品を採用。英語名「タイムキーパー」は服部の鋭いビジネスセンスから生まれたものであり、このネーミングは将来的な輸出拡大をも視野に入れたものであったという。


2、ローレル (1913年)

ローレル

 服部は世界における腕時計の需要を早くから認識しており、近い将来、腕時計への需要は懐中時計のそれを上回るだろうと予想していた。最初の自社製柱時計を製作した11年後、1913年という早い段階で国産初となる腕時計「ローレル」を市場に投入したのであった。その「ローレル」は直径29.6㎜のシルバー製ケースにエナメルを施した陶製文字盤を持ち、12リーニュのムーブメントを搭載していた。各パーツを輸入に頼っていたことからその生産量は低く、日産わずか30~50本であったという。しかし精工舎は1910年までに自社製ヒゲゼンマイを生産する技術を確立し、1913年までには自社製エナメル文字盤をも製作できるほどに成長した。


3、セイコー (1924年)

セイコーー

「セイコー」名義初となる腕時計をリリースしたのは1924年。

 1923年に起こった関東大震災により精工舎の工場は大きな被害を受け、時計の生産を停止せざるを得なくなる。事業再開には莫大な費用が見込まれたものの、服部はすぐに再建を決意。1年後には文字盤に「SEIKO」の文字を記した最初の時計を発表する(「セイコー」のネーミングは「精工舎」の短縮形であり、意訳としては“究極の職人技を有する工房”)。英語ではない名前を与えたところに、当時舶来品が品質的に優れていると信じられていた時代において、服部が自身の商材に充分な自信を持っていたことがうかがえる。初出モデルは直径24.2㎜のニッケル製ケースを持ち、9リーニュ、7石を使用したムーブメントを搭載。秒表示はスモールセコンド式であり、日本初のセンターセコンドモデルである「セイコー・スーパースター」が発表される1950年まで、標準の様式となった。


4、マーベル (1956年)

マーベル

セイコー自社製ムーブメントの幕開けとなった「マーベル」。

 セイコーは「マーベル」を自社の歴史のなかで、エポックメイキングなモデルとして捉えている。それはこのモデルのムーブメントが“小さなキズに至るまで完全なる自社製”として開発された機械であり、スイスやその他の国で作られたどんなムーブメントにも影響を受けていなかったから。「マーベル」の26㎜ムーブメントは「セイコー・スーパー」のそれよりも大きく(同年にデビューした日本初の自動巻き腕時計である「セイコー オートマチック」には最適なサイズだった)、さらにセイコーが新たに開発した「ダイヤショック」という衝撃吸収システムを搭載。精度と安定性において、従来モデルとは比べ物にならないスペックを実現させており、その性能は同時期の日本製腕時計を凌駕するレベルであった。セイコーの技術を広く知らしめる切っ掛けとなった「マーベル」は、巻き上げ効率を高めた「マジックレバー」機構を採用した新型自動巻きムーブメント、「セイコー・ジャイロマーベル」が開発される1959年まで、継続して生産された。


5、グランドセイコー (1960年)

グランドセイコー

セイコーにおける精度の新基準となったグランドセイコー。

 セイコーが精度と正確さにおいて“世界のトップ”になるべくして製作したモデルこそ「グランドセイコー」だ。機械式ムーブメントのcal.3180は、12リーニュ、25石、振動数は18,000振動/時。直径34.9㎜かつ厚さ10㎜の金張りケースが採用され、ひとつひとつがセイコーの設定による独自精度基準に沿って厳正に検査されていた(現在のGS基準はクロノメーター認定を発行するC.O.S.C.のテストよりも厳しい内容)。またクリーンな文字盤、長い針とアプライドインデックスなど、現在にも引き継がれるデザインコードをすでに確立させていた。


6、クラウン クロノグラフ (1964年)

クラウン クロノグラフ

セイコーのクラウン クロノグラフは、1964年開催の東京オリンピックにインスパイアされたモデル。

 セイコーの「クラウン クロノグラフ」は、1964年開催の東京オリンピックにインスパイアされたモデルだ。それまでの業績を考慮すれば、セイコーが日本最初のクロノグラフをこの時期に作り上げたことに驚きはない。「クラウン クロノグラフ」のストーリーは、セイコーがオフィシャル・タイムキーパーを務めた、1964年の東京オリンピックに端を発している。セイコーは1,200個以上の様々なバリエーションのストップウォッチをオリンピック大会に提供しており、その記念として市販された、モノプッシャー採用のクロノグラフは密かに話題となった。セイコーの「クラウン クロノグラフ」はステンレススティール製ケース、直径38.2㎜、厚さ11.2㎜かつ30mの防水性能を持つ。ムーブメントは12リーニュ、21石のcal.5719を搭載する。

(後編へ続く)


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