パネライ/ルミノール 1950

アイコニックピースの肖像

広田雅将、鈴木幸也:取材・文 奥山栄一、ヤジマオサム:写真
[連載第5回/クロノス日本版 2011年7月号より増補改訂]

防水性の向上という目的の下、特異なリュウズカバーを備えた原始ダイバーズウォッチは、初号機の誕生から約70年の歳月を経て、「ルミノール 1950 スリーデイズ-47mm」としてようやく陽の目を浴びることとなった。
パネライの歴史と市場戦略、あるいはプロダクションの在り方までも内包したこの時計を通じて、パネライという極めて特殊なメゾンの持つ価値について、思いを巡らしてみたい。

LUMINOR 1950

BREVET”と刻まれた伊海軍納入用特殊潜水腕時計

ルミノール 1950

ルミノール 1950
1940年代初頭に製作されたルミノールのプロトタイプ。破損しにくい固定ラグと、より防水性能に優れたリュウズカバーを持つ。ルミノールが後に搭載ムーブメントをアンジェリュスに改めた(43年前後)と考えれば、これは40年代の最初期に製造されたものだろう。おそらくストラップ以外はフルオリジナル。手巻き(おそらくロレックス製Cal.618)。1万8000振動/時。SS(直径47mm)。200m防水。

 ラジオミールとルミノールの過渡期(1940年代初頭)に、パネライはいくつかのプロトタイプを試作した。著名なのはルミノール風のケースを持ちながらも、ねじ込み式のリュウズを備えたモデルだが、より完成度が高いのはルミノールに酷似した造形を持ちながらも、より「立体的」な本作である。後者は後のルミノールに同じく、3時位置にリュウズカバーを備えていた。

 なおこの時期のパネライがBREVET(特許)を謳っている場合、それはリュウズカバーではなく、35年に特許申請された(とされる)2重構造の「サンドイッチダイアル」を指す。多くの愛好家は誤解しているが、リュウズカバー自体の特許は55年11月30日(イタリア特許番号5456668)、あるいは60年10月4日(イギリス、アメリカ、スイス特許)まで待たねばならない。

 パネライがルミノール ケースを開発した理由は、防水性能の向上であった。39年、イタリア海軍に属する250名のダイバーが30mから40mの深度までの潜水テストを行った、彼らに時計を供給するパネライも、当然防水性能を高める必要がある。リュウズカバーを備えた新しいパネライは、200mの防水性能を持っていたと言われる。

 しかしこの「立体的」なプロトタイプは、決してリリースされることがなかった。理由はいくつか考えられるが、大きな理由はコストだろう。パネライの権威であるジャンピエロ・ネグレッティは、リュウズレバーの製造にコストがかかったと述べており、それ以外を簡略化せざるを得なかったとは想像できる。

 もっとも、この軍用時計「らしからぬ」凝った造形は、70年後に再び日の目を見ることとなる。それが「ルミノール 1950 スリーデイズ-47MM」である。

(左上)特徴的なリュウズカバー。採用は1940年代初頭。リュウズカバーの採用に併せて、ムーブメントはアンジェリュスのCal.240に変わっていった。(右上)二重構造のサンドイッチダイアル。発光塗料の「ラジオミール」ペーストを施した板の上に、文字盤本体を重ねている。初のプロトタイプは1938年。ロゴもくりぬかれている。(中)立体的なケースサイド。3ピースの構造はラジオミールに同じだが、ラグが固定されたほか、ラグ自体の立ち上がりも後のルミノールより低く抑えられている。なお当時のケースはすべて手作業による切削。風防は人工プラスティックの一種であるパースペックス。同様の素材であるプレキシをスイスの時計メーカーが風防に採用したのが36年と考えれば、パネライの採用は極めて早かった。ガラス風防では破損の可能性があったためだろう。(左下)ねじ込み式の裏ブタ。「GF No.3」との刻印がある。おそらくは製作者であるG Panerai e Figlioの略。搭載するのは、おそらくコルテベールのエボーシュを改造した、ロレックスのCal.618。(右下)特徴的なラグ側の造形。当初のパネライは固定式のワイヤーラグであった。しかしラグが破損しやすいとの報告があったため、Ref.6152/2以降はこのモデルのような固定式ラグに改められた。

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