ゼニス/エル・プリメロ

アイコニックピースの肖像

エル・プリメロ
広田雅将、鈴木裕之:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第9回/クロノス日本版 2012年5月号初出]

未だ成し遂げられていなかったクロノグラフの自動巻き化を巡って、各社がしのぎを削っていた1960年代末。そして迎えた“運命の1969年”にゼニスが発表した“世界初の1機”が「エル・プリメロ」であった。ムーブメントに付けられた愛称が、そのままアイコンとなった例は他に類を見ない。生産中止から再生産を経て、現在もなおゼニスの基幹キャリバーとして君臨するエル・プリメロの足跡を追う。

El Primero CHRONOGRAPH A384 1969年製ファーストシリーズの1本

エル・プリメロ クロノグラフ A384

エル・プリメロ クロノグラフ A384
1969年秋に発売されたファーストモデルのひとつ。製造数は2400本。ゼニスのミュージアムにもない、非常に貴重な個体である。なおムーブメント名の3019PHCとは、直径30mm(30)、クロノグラフ(9はクロノグラフの識別番号)、P(Power=自動巻き)、H(Hour=12時間積算計)、C(C=カレンダー)を意味する。自動巻き(Cal.3019PHC)。31石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径37mm)。個人蔵。

 1969年1月10日に発表されたエル・プリメロことキャリバー3019PHC。しかし発売は大きくずれ込み、製品としてリリースされたのは同年秋のことであった。この年の5月、セイコーはキャリバー6139を搭載したスピードタイマーを発売。残念ながらゼニスは、世界で初めて発売された自動巻きクロノグラフという栄誉を手にすることはできなかった。

 しかしエル・プリメロは、同時期に発表された他の自動巻きクロノグラフに比べ、はるかに充実した内容を持っていた。3万6000振動/時という振動数は、エル・プリメロに10分の1秒計測と、クロノメーター級の高精度をもたらした。また約50時間というパワーリザーブにより、優れた等時性も備えていた。クロノグラフ機構はいっそう優秀だった。設計こそオーソドックスであったが、各部の設計は堅牢であり、調整可能な箇所も手巻きの高級クロノグラフ以上に多かった。低価格を狙ったセイコーの6139、生産性を考慮したホイヤー/ブライトリングの11と異なり、エル・プリメロは、純然たる高級機として設計されたのである。

 高級機としてのエル・プリメロ。そう考えると、初代モデルの内訳も理解できる。69年秋に発売されたエル・プリメロは、SSケースのA384、18KYG/WGケースのG383、18KYGケースのG381。同年すぐに6モデルが追加されたが、しかしその大半はゴールドケースだったのである。

 写真の時計は、69年に発売されたA384のファーストモデルである。このモデルは71年まで製造されたが、これはおそらく正真正銘の第一作だ。この時計、搭載するムーブメントもさることながら、装着感を含めて、時計としての完成度が非常に高い。ゼニスはそのムーブメントに相応しい完成度を、初号機にも与えたのである。

エル・プリメロ クロノグラフ A384
(左上)視認性に優れた文字盤。赤いクロノグラフ秒針には、夜光塗料があしらわれる。おそらく高振動を強調するために、極初期のエル・プリメロはこの形状の針を備えていた。文字盤は完全なオリジナルだが、おそらくスモールセコンド針と30分積算針は後年のもの。オリジナルのA384では、この2本も12時間積算針並みに細い。なおインダイアルの針が長すぎるように見えるが、可能な限り針とインデックスを重ねるのがゼニスの伝統だ。
(右上)エル・プリメロのロゴが入った文字盤。このシンプルなロゴは1986年まで使用された。
(中)ケースサイド。風防の取り付け位置は、針よりも低い。厚みのある自動巻きクロノグラフムーブメントを搭載することで生ずる、ケースの厚みを感じさせないための配慮だろう。素晴らしく原型を保っているが、オーバーホール時に交換されたリュウズは翌70年から用いられたデザイン。これは2000年まで使用された。
(左下)バックケース。1967年から69年までのモデルには、リュウズや裏蓋に星状のマークが刻まれている。星に見えるが、本来はふたつのZを重ねたもの。
(右下)ゲイ・フレアー製のブレスレットとバックル。当時の典型的な“巻きブレス”である。剛性感はないが、これがA384の標準仕様であった。

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