ブレゲ/タイプXX

アイコニックピースの肖像

広田雅将:取材・文 吉江正倫、奥山栄一:写真
[連載第16回/クロノス日本版 2013年7月号初出]

1950年代初頭、新たな戦闘教義に則って制定された仏軍パイロットウォッチ規格。
ブレゲは当初、その納入メーカーのひとつに過ぎなかったが、最終的には、規格自体がブレゲの提示したパッケージへと収斂する。
この軍用時計に連なるラインナップは、後に「タイプXX」と命名され、ブレゲを代表するラグジュアリークロノグラフとして認知されていくことになる。

TYPE XX [No.4100] 1st Generation Model
スティール製回転ベゼルを備えた第1世代機

タイプ トゥエンティ No.4100
オリジナル(空軍向け)のタイプⅩⅩには、30分積算計が備えられ、ブレゲはこれを約2000本製造したといわれている。この積算計を15分に改めたのが、写真の通称「アエロナバル」。フランス海軍航空隊に納入されたモデルである。製造数は約500本。積算計が15分となった理由は、飛行前のチェック時間が15分であったため。フライバック付きのクロノグラフとしては、当時最も完成されたものであった。1960年1月13日、フランス海軍に販売。手巻き(Cal.222)。17石。1万8000振動/時。SS(直径38mm)。ブレゲ蔵。

 1946年に始まったインドシナ戦争は、フランス軍に航空戦力の拡充を強いた。50年12月17日、派遣軍新司令官のドゥ・ラトル・タッシニは、インドシナ戦における空軍のドクトリンを発表。航空戦力を地上戦力の支援に回すこと、主任務を爆撃と補給にすることを定めた。これがフランス空軍のパイロットウォッチ規格であるタイプⅩⅩとタイプⅩⅪに影響を与えたことは想像に難くない。このドクトリンに先立つこと約10年、ドイツのハンハルトとチュチマは、フライバック付きのクロノグラフを開発。リセットボタンを押すだけで帰零から再計測を開始するフライバック機構は、電波航法で飛行する爆撃機には有用であり、ドイツ軍はこの組み合わせで大きな戦果を収めた。

 第二次世界大戦後、フランス軍は上ライン地方に進駐。戦時補償として、この地域にあったハンハルトにフライバッククロノグラフを納入させている(48~50年)。しかしドイツ連邦共和国の成立に伴い、フランスは自国でクロノグラフを製造する必要に迫られた。まず選ばれたのがヴィクサである。ヴィクサはハンハルトのエボーシュとケースを使ったクロノグラフを製作。これがタイプⅩⅩの原型となった。仮にフランスが上ラインに進駐しなかったなら、そしてフランス空軍が地上戦力の支援という任務を負わなかったならば、タイプⅩⅩ規格はフライバッククロノグラフにならなかったかもしれない。

 インドシナ戦争の拡大に伴い、フランス軍はクロノグラフのさらなるサプライヤーを必要とした。数社選ばれたうちの一社が、ブレゲである。ブレゲはユンハンスのエボーシュではなく、バルジュー22をフライバックに改良し、ブレゲ銘のタイプⅩⅩに搭載した。あくまでブレゲはサプライヤーの一社であった。しかしタイプⅩⅩという規格自体が、やがてブレゲのスタイルを踏襲することになる。

(左上)ハンハルトやヴィクサに倣ったと覚しき、左右回転式のスティールベゼル。なお、後のタイプⅩⅪ規格では、回転ベゼルに時間目盛りを刻むことが定められた。(右上)12時位置に見える旧タイプのロゴ。95年以降のロゴとは「t」の書体が異なる。ちなみに最初期のタイプⅩⅩには、ロゴが記されておらず、以降も一部モデルにはロゴがない。(中)ケースサイド。ステンレスケースの製作を請け負ったのは、スイスのマセイ・ティソ。同社は後に、ブレゲそっくりのパイロットウォッチを自社銘で販売した。先を大きくしたタマネギ型のリュウズが当時のオリジナル。ただし、他の形状も存在した。(左下)ねじ込み式のケースバック。小径のバルジューは、ブレゲのタイプⅩⅩが防水ケースを持つことを可能とした。興味深いのはバックケース。軍で使われた個体であれば、メンテナンス期日を記した「FG」(Fin de Garantie/メンテナンス終了)の刻印や、メンテナンスを請け負ったパリ・ペコリン社の「P」、公的機関であるセテオールの三つ星などが記されたはずだ。ただし刻印がないこと=民間用とは限らない。(右下)容易に製造できる形状を持つラグとベゼル。高価なムーブメント(フライバック化はブレゲが行ったとされる)を搭載したが、タイプⅩⅩはあくまでミリタリーウォッチであったことが分かる。

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