ブルガリ/ブルガリ・ブルガリ

アイコニックピースの肖像

広田雅将:取材・文 奥山栄一、吉江正倫:写真
[連載第17回/クロノス日本版 2013年9月号初出]

今や世界的なアイコンにまで成長を遂げた「ブルガリ・ブルガリ」。
しかしその起こりは実に慎ましいものであった。
宝飾店のショップウォッチは、如何にして世界に名を轟かせる存在となったのか?
傑作ブルガリ・ブルガリの歩みを、ファーストモデルから見ていくことにしよう。

BVLGARI ROMA [1976]
ローマコインを象ったエクストラ-シンモデル

ブルガリ・ローマ
1976年初出。ケースデザインは前年のノベルティウォッチと同様だが、ムーブメントがLCDクォーツから薄型の手巻き2針に改められた。ロゴを刻んだベゼルや、ベゼルとミドルケースを一体化させたケースは、時計業界としておそらく初の試みである。この年代にしては珍しいヌバック革のストラップもオリジナル。薄型時計の構成を守りつつ、型を破った傑作である。手巻き。18KYG(直径30mm、厚さ約5mm)。非防水。ブルガリ蔵。

 ブルガリ・ブルガリの原型が、1976年に発売されたブルガリ・ローマである。しかしこの時計にも祖があった。前年にノベルティとして製作されたLCDのデジタルウォッチである。ケースの構造も、ベゼルに〝ブルガリ・ローマ〟と刻むアイデアも、そもそもはこの時計が採用したものだった。ベゼルにロゴを刻むという試みをブルガリは次のように説明する。

 「LCDのディスプレイには名称を配するダイアルやスペースが存在しなかったため、ベゼルに配さざるを得なかった」

 これらに携わったのは、当時CEOを務めていたジャンニ・ブルガリ。〝デザイナー〟であるジェラルド・ジェンタとの関わりは後述するとして、このデザインは、当時のブルガリにしか実現できなかったものであった。

 ブルガリ・ローマの発売に先立って、ブルガリはアンティークのコインを埋め込んだジュエリーで名声を得た。成功を目の当たりにしたジャンニが、このアイデアを時計に転用したいと考えたのは当然だろう。面白いのはその手法だ。彼は時計にコインを埋め込むのではなく、時計自体をコインに見立てたのだ。あえて平板さを強調するため、ラグはケースに対して水平に取り付けられ、ケースサイドも大きく絞り込まれた。その手法は当時の薄型時計に共通するが、ジュエラーとしての矜持があったのだろう、ブルガリは新しい試みを加えた。それがベゼルとミドルケースを一体化させたツーピースケースである。通常はバックケースとミドルケースをまとめるが、ブルガリ・ローマでは逆。ベゼルの外枠を伸ばしてシリンダーケースに仕立てる発想は、明らかにジュエラーのものであろう。

 この時計は、ローマのブルガリ本店だけでごく少数販売された。しかしこの時計を求める声に押されたブルガリは、すぐ量産を考えるようになる。伝説の始まりである。

(左上)ベゼルトップに刻まれたロゴ。ブルガリ・ブルガリ以降はスタンピングになるが、このモデルは手彫りである。(右上)当時としてはかなり珍しいラッカー仕上げの黒文字盤。ポリッシュは完璧である。ただし当時の塗料は質が良くなかったため、現存する個体は表面にひび割れが見られる。また極めて立体的な針に注目。アヴァンギャルドな意匠を持つブルガリ・ローマだが、個々の意匠や仕上げは、あくまでオーソドックスであった。(中)ブルガリの真骨頂とも言えるのがケースの造形。ベゼルの外周を水平方向に落とし込んでケースサイドとしている。ベゼルと水平に取り付けられたラグも極めて珍しい試みだ。ブルガリが言う「コインを象った」云々という説明も、その平たい造形を見れば合点がいく。(左下)バックケースの造形。普通は、バックケースの突起だけを別部品にする。しかしこのモデルでは、巻き芯とフラットな外周部分まで一体成形されたもの。加工精度は極めて良好だ。(右下)ケースとラグの関係。丸く削ったケースに、4本のラグを水平に打ち込んでいる。完璧に取り付けられたラグからは、ジュエラーの矜持が窺える。なおベゼルの6時方向に「ローマ」と刻んだのは、ローマ・コンドッティ通りの本店のみで販売されたためだろう。

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