ブライトリング/ナビタイマー Part.2

アイコニックピースの肖像

回転計算尺をアイデンティティとしながら変化を繰り返したナビタイマーの意匠

今やブライトリングに限らず、時計産業におけるひとつのアイコンとなったナビタイマー。
しかし、このニッチなモデルが世界的な名声を得るまでに、さまざまな紆余曲折があった。
プロフェッショナル向けのツールはいかにして、愛好家を熱狂させる存在となったのか。
1950年代からの歩みを振り返ってみたい。

吉江正倫:写真
広田雅将(本誌)、鈴木幸也(本誌):取材・文
[連載第45回/クロノス日本版 2018年5月号初出]

ナビタイマー
クォーツ LCD [1977]

Ref.9416。ブライトリングは1973年に、LEDを搭載したナビタイマーをリリースした。これは後継機のLCD搭載モデル。コストダウンのためか、防水ケースを他モデルと共有している。ラップタイマー機能を搭載。クォーツ(Cal.ESA 942.711)。SS。参考商品。

ナビタイマー
クロノマティック [1969]

Ref.1804/14。自動巻きクロノグラフのCal.12を搭載したナビタイマー。50mという防水性能を与えるため、ケースサイズは48mmに拡大された。60年代後半以降、ブライトリングは主にケースで、新しい試みを行うようになる。自動巻き。SS。参考商品。


 1942年に完成したクロノマットは、回転計算尺を持つ世界初の時計だった。しかし、計算尺の機能は限られており、通常の加減乗除と三数法の計算しかできなかった。数学を意味するマティマクスから〝マット〟と名付けた通り、ブライトリングはこれを専門家向けのクロノグラフとみなしていた。

 この計算尺を全面的に改良したのが、ブライトリングに在籍していたマルセル・ロベールだった。彼はアウターリングに手を加えることで、掛け算と割り算をしやすくしたほか、複数の解答を一度に見られるように改めた。しかし、いっそう重要だったのは、航空用の回転計算尺E-6Bの機能を盛り込んだことだろう。30年代に開発され、40年に完成したこの回転計算尺は、推測航法に使える初のフライトコンピュータだった。ロベールはいくつかの要素を省くことで、パイロット用の回転計算尺を腕時計サイズに縮小することに成功した。ブライトリングが言う「タイプ52」計算尺の完成である。モデル名は、ナビゲーションとタイマーを掛け合わせた、ナビタイマーに決定された。

1955年以降、ブライトリングは積極的に広告展開をするようになった。特徴的な黄色と黒の色使いも、この時代に始まったものだ。左は1963年の「ナビタイマー コスモノート」の広告。右は50年代後半のナビタイマーの広告。民生向けを意識したのか、18Kゴールドケースもある、と記されている。なおナビタイマーの価格は、クロノマットに比べて3割以上も高価だった。

 52年の第1作から、最新モデルに至るまで、大半のナビタイマーはメッキ仕上げの黒い文字盤を備えていた。銀メッキを施し、数字や目盛りをマスキングで覆い、上に黒メッキをかけた後にマスキングをはがして数字や印字を露出させる。この手法は、印字を転写するタコ印刷に比べて手間がかかる上、黒いメッキの発色も安定しなかった。しかし、この手法には大きな文字盤の外周にも、歪みなく精密な印字を与えられるというメリットがあった。事実、懐中時計用のムーブメントを転用した大ぶりな腕時計クロノグラフには、ギルド仕上げの文字盤が少なくない。

 大きな文字盤に精密な印字を与えるべく、あえてブライトリングは、メッキ仕上げの黒文字盤をナビタイマーに与えたのだろう。現在でも発色の安定しない黒メッキを、1950年代に採用したのは英断だった。

 何人かのブライトリングコレクターは、52年発表のナビタイマーは、54年まで一般人が購入できなかった、と記す。文字盤の歩留まりの悪さと、プロフェッショナルからの人気を考えれば、十分ありうる話だ。しかも奇妙なことに、50年代初頭のウィリー・ブライトリングは、一般人はクロノグラフを購入しないと思い込んでいた節がある。事実、53年と54年に、ブライトリングは、一般受けを狙ったであろう華奢なレディスウォッチと、3針のメンズモデルを数多くリリースした。

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