IWC/アクアタイマー Part.1

アイコニックピースの肖像

アクアタイマー

広田雅将:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第53回/クロノス日本版 2019年9月号初出]

1967年に発表された初代アクアタイマーとは、当時ポピュラーだったコンプレッサーケースを用いた、いわば即席のダイバーズウォッチだった。しかし、1982年の「オーシャン2000」を経て、アクアタイマーは本格的なコレクションへと進化を遂げた。その半世紀以上にわたる歩みを振り返りたい。

第1〜第2世代アクアタイマーの構造

CATシステムを用いた高圧防水時計

 1960年代に入ると、アメリカ市場を中心に、サーフィンをはじめとしたマリンスポーツがブームとなった。対して各社は、スポーツシーンに耐えられるような新しいダイバーズウォッチの開発に努めた。IWCが注目したのは、ねじ込み式のリュウズではなく、パッキンだけで高い防水性能を持たせる、ピケレのコンプレッサーケースだった。

アクアタイマー Ref.812AD/1812[1967]
ピケレ(EPSA)のスーパーコンプレッサーケースを採用したIWC初の本格的なダイバーズウォッチ。なお1975年に、リファレンスは1812に変更された。自動巻き(Cal.8541B)。21石。1万9800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径37mm)。20気圧防水。

 長らく、ダイバーズウォッチに対して距離を置いてきたIWC。常時リュウズを密封する必要を考えれば、巻き上げ効率の高いペラトン自動巻きはダイバーズウォッチにこそ相応しかった。しかし同社は、ダイバーズウォッチ用の、気密性の高いケースを入手できなかった。転機が訪れたのは、1960年代半ばのことである。

 スイスのベサクールで自転車のフレームを製造していたカミーユ・ピケレ社(後のエルヴィン・ピケレ社)は、51年にベルン州のラ・ヌーヴヴィルに移転し、時計の部品を製造するようになった。55年1月6日、同社は防水ケースの「コンプレッサー」で特許を申請したことを、スイス商業官報で発表。これは高い水圧がかかると、リュウズ、裏蓋、ケースのガスケット(Oリング)が圧縮されて防水性能を確保する防水ケースだった。設計者はシュワルツ・ハンス。この革新的な防水ケースの構造は、56年11月30日のスイス特許317537Aで確定した。

 以降同社は、コンプレッサーの防水性能を高めるために、いくつかの追加特許を取得。とりわけ、59年3月31日に特許を得た構造は(スイス特許337462A)は防水性能を高めるため、裏蓋とケースの間に板バネを加える画期的なものだった。これは後に、「スーパーコンプレッサーケース」という名称で知られることとなる。

 1960年代に入ると、アメリカ市場を中心に防水時計に対する需要が高まった。一因は明らかに、アメリカ東海岸から始まったサーフィンのブームである。元プロサーファーのマット・ワーショワは、サーフィンの歴史を網羅した大著『The History of Surfing』でこう記す。「1959年の時点で、マイアミとケープコッドの間にいた熱心なサーファーは250名しかいなかった。しかし1966年までに、東海岸と西海岸のサーファー人口は、それぞれ約20万人に達し、その年の東海岸・サーフィング・チャンピオンシップには1万人以上の観客が参加した」。しかしその時点で、彼らが使えるダイバーズウォッチは、ゾディアックの「シーウルフ」しか存在しなかった。

アクアタイマー Ref.812AD

アクアタイマー Ref.812AD/1812[1967]
一般向けを意識したのか、Ref. 812ADの文字盤には銀×白、銀×黒、黒×黒、黒×白の4種類が用意された。スペックは右に同じ。このモデルは、オプションのゲイ・フレアー製メタルブレスレット(Ref.12)が付属する。1972年の販売価格は660スイスフラン。
アクアタイマー Ref.816AD

アクアタイマー Ref.816AD/1816[1968]
1968年にリリースされた第2世代。防水性能は300mに向上した。自動巻き(Cal.8541B)。21石。1万9800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(縦40×横38mm)。文字盤の色は黒、赤、青の3色があった。1972年の販売価格は815スイスフラン。

 60年代以前、ダイバーズウォッチとはあくまでプロ向けのツールでしかなかった。しかし60年代以降は、サーフィンやスキンダイビングなどに対応できる、プロ向けほどハイスペックではないが、本格的な防水時計が求められるようになった。対して各社は、より防水性の高いダイバーズウォッチの開発に取り組んだ。とはいえ、ロレックスほどの生産能力を持たない中小メーカーに、ダイバーズウォッチ用の精密なケースを新造する余力はない。各社が注目したのは、リュウズ、裏蓋、ケースのガスケットで防水性能を持たせるピケレのコンプレッサーケースだった。ねじ込み式のリュウズを持たないコンプレッサーケースは、防水性能をOリングのみに依存する。かつて、この手法は好まれなかったが、Oリングが普及した60年代以降、信頼に足る防水システムと見なされるようになった。

 初めてエルヴィン・ピケレ社(EPSA)製のスーパーコンプレッサーケースを採用したのが、エニカのダイバーズウォッチ「シェルパ・ウルトラドライブ」(1964年)だった。66年には、ハミルトンが「アクアダイブ」をリリース、翌67年(66年後半説もある)には、IWCが初のダイバーズウォッチ「アクアタイマー」(Ref.812)を完成させた。そのためコンプレッサーケースを持つこれらのダイバーズウォッチは、似たようなケースデザインと、2時位置のリュウズを回して内側のベゼルを回す構造を持っていた。

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